今から100年以上前の1900年、野口英世は医学を学ぶ為に渡米します。貧困なため、通常の医者のルートである旧制中学、旧制高校、大学という通常の進学ができなかった英世が、医学の研究をして一旗揚げるには日本では不可能だったからです。負けず嫌いで自己顕示欲の強い英世は、日本でくすぶっているのは納得のいかないことだったのでしょう。

当時無名で無一文だった英世をペンシルベニア大学が迎え入れてくれました。努力に努力を重ね、世界中に影響を与えることとなったその後の英世の功績は、今更説明をするまでもありませんね。あの時英世が渡米していなければ、様々な病原体の特定や研究が進まず、未だ苦しめられ続けている病気があったかもしれません。

その後英世の精神を受け継ぎ、優れたアメリカの医学を学ぶ為に多くの留学生が渡米していきます。しかしながら、現在はアメリカに留学することはとても難しくなりました。様々な背景がありますが、その一つの理由に外国人留学生への試験が非常に難しくなったということがあります。今後の日本の医学の発展のためには医学交流は必要不可欠です。

日米の医学を結集させ、最先端の研究開発を進めていくことが、今後の医学にとって大変重要なことになるでしょう。