偉人に学ぶ

偉人の偉大なる功績、生い立ちから学べることはたくさんあります。

Month: 6月 2014

野口英世の恩師とは

野口英世という人物は、生涯に渡ってじつに多くの人に支援され、支えられてきました。英世(当時の名は清作)は一歳半のときに囲炉裏に落ち、左手に大やけどをしてしまいます。指が癒着してしまい農作業などができない英世は必死で勉強をします。家が貧しく、紙を買うことさえもできなかった英世でしたが、一生懸命勉強した結果、優秀な成績を修めました。

そして、英世にとって生涯の恩師となる小林栄先生との出会いが訪れるのです。英世は小林先生に憧れ、教師を目指したこともあるほどの存在です。英世の才能を見出し、高等小学校への進学を勧めてくれます。小林先生には子供がおらず、英世はわが子のような存在だったといいます。英世の名も、小林先生が与えてくれました。

「英」は小林家に代々伝わる文字、「世」は世に名を馳せる人になれという意味を込めたそうです。高等小学校に進学した英世は、先生や生徒の支援により癒着した左手の手術を受け、動かすことができるようになります。その時手術をしてくれた医師が渡部鼎です。渡部鼎先生の影響で英世は医師を目指すこととなります。その後英世は小林先生から大金を借りて上京し、小林先生の妻は、渡米の際に蓄えを渡したといいます。野口英世にとって、生涯の恩師ともいえるのが、小林栄先生でしょう。

野口英世に学ぶアメリカ医学留学の必要性

今から100年以上前の1900年、野口英世は医学を学ぶ為に渡米します。貧困なため、通常の医者のルートである旧制中学、旧制高校、大学という通常の進学ができなかった英世が、医学の研究をして一旗揚げるには日本では不可能だったからです。負けず嫌いで自己顕示欲の強い英世は、日本でくすぶっているのは納得のいかないことだったのでしょう。

当時無名で無一文だった英世をペンシルベニア大学が迎え入れてくれました。努力に努力を重ね、世界中に影響を与えることとなったその後の英世の功績は、今更説明をするまでもありませんね。あの時英世が渡米していなければ、様々な病原体の特定や研究が進まず、未だ苦しめられ続けている病気があったかもしれません。

その後英世の精神を受け継ぎ、優れたアメリカの医学を学ぶ為に多くの留学生が渡米していきます。しかしながら、現在はアメリカに留学することはとても難しくなりました。様々な背景がありますが、その一つの理由に外国人留学生への試験が非常に難しくなったということがあります。今後の日本の医学の発展のためには医学交流は必要不可欠です。

日米の医学を結集させ、最先端の研究開発を進めていくことが、今後の医学にとって大変重要なことになるでしょう。

野口英世と千円紙幣

野口英世といえば、黄熱病の研究をした細菌学者として有名です。貧しい家庭に育ち左手に障害を持ちながらも、現在の医学に偉大な功績を残した人物として、日本の偉人伝記シリーズにも必ず名を連ねます。

また現在発行されている日本の千円紙幣には、野口英世の肖像が使用されているので、日本人にとってとても馴染みのある人なのではないでしょうか。現在の千円紙幣は2004年(平成16年)11月1日に、以前の夏目漱石の肖像画が使用されていた千円紙幣から、新しくなり発行されました。野口英世はノーベル賞の候補に三回もなっていたとはいえ実際に受賞したわけではなく、またロックフェラー研究所ではあまり評価されていないともいいます。

新紙幣が発行された当時は「野口英世がどうして千円札の肖像になったのか」という疑問の声も上がっていたのも事実です。しかし幼少期に苦労をしながらも努力を重ねて勉強をし、また周りの人の支援により世界的な細菌学者に成長していく人柄など、野口英世の人としての偉大な功績は、現代人が学ぶべきところが多くあるといえます。

他にもフリーメーソンとの関係が噂されたり、くせ毛と髭が特徴的なので肖像も作成しやすかったからなどの憶測も飛んでいますが、真実は定かではありません。

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